アーカイブ: 12月 2024
骨膜の新たな役割:がんの進展を
阻む防御機構 ~Nature, vol.634
皆さま、こんにちは。
12月になっても例年より暖かい日が多く、紅葉もゆっくり色づいた気がしますね。
紅葉とクリスマスイルミネーションが同時期に見られ、秋と冬が混ざったような不思議な季節を感じます。
季節外れの暖かさが続く一方、一日の寒暖差も大きく体調を崩しやすい時期です。
睡眠、栄養をしっかりと摂って、風邪をひかぬようにお気を付けください。
今回は、最新の骨とがんの研究から得られた興味深い知見をご紹介いたします。
我が国における死因の第1位は「がん」であり、年間30万人以上がその命を奪われています。
がんは発生した場所(原発巣)に留まらず、がん細胞が周囲の組織に広がり(浸潤)、さらには血液やリンパの流れに乗って他の臓器へ移動(転移)することで、私達の生命を脅かします。
部位別の統計では、大腸がん、肺がん、胃がん、乳がんなどは国内で特に罹患率が高く、身近な病気だと感じている方も多いのではないでしょうか。
世界的に見ると、首から上の領域に発生する「頭頸部がん」も6番目に多いメジャーながんであり、その中でも最も頻度の高いものの一つが我々歯科医師の診療対象である「口腔がん」です。
口腔は、粘膜の直下に骨が存在するユニークなバリア部位です。
口腔がんの多くは口腔粘膜で発生しますが、進行すると腫瘍が直下の顎骨に浸潤し、患者さんの生命予後やQOL(生活の質)を著しく低下させてしまいます。
そのため、口腔がんの骨への浸潤メカニズムの解明と効果的な治療法の確立は喫緊の課題とされてきました。
骨の表面は「骨膜」とよばれる薄い膜状の組織で覆われており、がんが骨に浸潤するためには、まず骨膜に侵入する必要があります。
東京大学の塚崎雅之先生、高柳広先生を中心とする研究グループは、この点に着目し、骨を包む「骨膜」が口腔がんの骨浸潤において重要な役割を果たしているのではないかと考え、研究をスタートさせました。
まず、口腔がん患者の検体を詳細に解析した結果、がん細胞が骨に近づくと、骨膜の厚みが3~4倍に増加していることを見出しました(図1)。
次に、マウスを用いた口腔がん骨浸潤モデル(ネズミの頭頂部にがん細胞を注射で打ち込む実験)を新たに開発し、マウスの口腔がん病変を1細胞レベルの解像度で遺伝子発現解析を行ったところ、がん細胞が近接した骨組織では骨膜細胞が増加し、プロテアーゼ阻害因子Timp1(Tissue inhibitor of metalloproteinase-1; タンパク質分解酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼの活性を阻害する因子)の発現が顕著に増加していることが確認されました。
Timp1の骨浸潤における役割を生体レベルで検証するため、Timp1遺伝子を欠損させたマウスを解析した結果、Timp1欠損マウスでは、がんの骨への浸潤時に骨膜の肥厚が見られず、通常のマウスよりも骨浸潤が著しく進行して早期に死亡することが確認されました(図2)。
このことから、骨膜の肥厚はがんの骨浸潤を物理的に抑える「盾」として機能している可能性が示唆されました。
少し複雑な話になってしまいましたが、今回の研究でわかったことを簡単にまとめると、以下の通りです。
・がんが骨に近づくと、骨膜の細胞が Timp1 という物質を分泌する
・Timp1によってコラーゲンなどの物質が分解されず蓄積するため、骨膜が厚くなる
・厚くなった骨膜は、がんが骨に広がるのを物理的に防ぐ「盾」として機能する
これまでがんに対する生体防御として免疫細胞の働きが重要であることはよく知られていましたが、骨膜のように免疫細胞ではない非免疫細胞が抗がん効果持つことは知られていませんでした。
塚崎先生らは、非免疫系細胞による新たな抗腫瘍システムを「Stromal Defense Against Cancer (SDAC)」と名付けました。今後、口腔がん以外の腫瘍でもこのシステムが働いているのか、また、非免疫系細胞はどのような仕組みで腫瘍を認識しているのか、といった点の解明が進むことで、画期的ながん治療法・予防法の開発に繋がることが期待されています。
また、「外的な刺激によって骨膜が厚くなる(骨膜反応)」という現象自体は、1739年にフランスの科学者デュアメル(Duhamel)によって発見されました。
しかし、この現象は長らく、単なる炎症の副次的な反応と見なされ、その生物学的な意義やメカニズムについては約300年もの間解明されていませんでした。
今回の研究は、この300年にわたる謎に対して、一つの答えを提示する可能性があります。
日々の診療や日常生活で何気なく目にする現象の中に、未解明の謎がまだ眠っているかも知れません。
中には、誰も気づかなかった現象や、幾千人が何世紀にもわたり挑戦しても解き明かされていない謎もあるかも知れません。
基礎研究の醍醐味は、そんな未知の世界へ一歩ずつ近づき、ときには発見の瞬間に立ち会えることにあります。
未解明の謎に挑み、見えないつながりを紐解くことで、世界は少しずつ新しい姿を見せてくれるでしょう。
この壮大でロマンに満ちた探究の旅に、皆さんも一緒に出かけてみませんか?
参考文献
・Nakamura, K., Tsukasaki, M., Tsunematsu, T. et al. The periosteum provides a stromal defence against cancer invasion into the bone. Nature 634, 474–481 (2024).
・Johnson, D.E., Burtness, B., Leemans, C.R. et al. Head and neck squamous cell carcinoma. Nat Rev Dis Primers 6, 92 (2020).
・東京大学プレスリリース「がんの進展を骨膜が止める―がんの進行を抑える新規治療の開発に道―」
2024年12月1日 カテゴリ:未分類